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熊野本宮大社 例大祭

(くまの ほんぐう たいしゃ れいたいさい)

悠久の祈りが息づく熊野の春祭り

和歌山県田辺市本宮町に鎮座する熊野本宮大社は、熊野三山の中心として古くから篤い信仰を集めてきました。全国に数多く存在する熊野神社の総本宮として知られ、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産にも登録されています。

そんな熊野本宮大社で毎年4月13日から15日にかけて執り行われるのが、「熊野本宮大社 例大祭」です。春の熊野を代表する神事であり、五穀豊穣や地域の安泰、人々の無病息災を祈願する伝統行事として、古くから大切に受け継がれてきました。

例大祭の中でも特に有名なのが、4月13日に行われる「湯登神事(ゆのぼりしんじ)」と、15日の「御田祭(おんださい)」です。これらの神事は、和歌山県指定無形民俗文化財にも指定されており、熊野信仰の神秘性や自然崇拝の精神を今に伝える貴重な祭礼となっています。

熊野本宮大社とは

熊野本宮大社は、熊野速玉大社・熊野那智大社とともに「熊野三山」を構成する由緒ある神社です。主祭神として祀られているのは、家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)と同一視されています。

古来、熊野信仰は「よみがえりの信仰」として広く信仰され、平安時代には上皇や貴族たちが険しい熊野古道を越えて参詣しました。熊野詣は「蟻の熊野詣」と呼ばれるほど盛んとなり、多くの人々が救済と再生を願って熊野を訪れたのです。

現在の社殿は、1889年(明治22年)の十津川大水害後に移築されたもので、檜皮葺の荘厳な建築は国の重要文化財にも指定されています。

大斎原 ― かつての聖地

熊野本宮大社は、もともと熊野川・音無川・岩田川の合流地点に広がる中洲「大斎原(おおゆのはら)」に鎮座していました。

当時の境内は現在よりはるかに広く、五棟十二社もの壮麗な社殿が並んでいたと伝えられています。しかし、明治22年の大洪水によって多くの社殿が流失し、残った上四社のみが現在地へ移築されました。

現在の大斎原には、日本一の高さを誇る巨大な大鳥居がそびえ立ち、神秘的な空気に包まれています。例大祭の渡御祭では、この大斎原が重要な舞台となり、古代から続く熊野の祈りが現代によみがえります。

4月13日 ― 湯登神事

例大祭の始まりを告げるのが、4月13日に行われる「湯登神事」です。この神事は、熊野信仰と温泉信仰が深く結びついた熊野ならではの神事として知られています。

湯の峰温泉へ向かう神聖な行列

朝9時頃、熊野本宮大社には宮司や神職、氏子、修験者、伶人(神楽人)、稚児たちが集まり、厳かな行列を組んで出発します。

太鼓に合わせて神歌を唱えながら、一行は湯の峰温泉を目指して歩きます。その姿はまるで平安時代の熊野詣を思わせるようで、沿道には多くの見物客が集まります。

湯の峰温泉に到着した一行は、「当屋(とうや)」と呼ばれる斎館で身を清めます。温泉による潔斎「湯垢離(ゆごり)」は、熊野信仰において非常に重要な意味を持っており、温泉によって穢れを祓い、神聖な状態へと導かれるのです。

稚児に神霊が宿る八撥神事

午後になると、湯の峰王子社において「八撥神事(やさばきしんじ)」が執り行われます。

この神事では、2〜3歳ほどの幼い稚児が胸に小太鼓を下げ、神楽の音色に合わせて舞を奉納します。稚児は熊野の神の依代とされ、神霊がその身に宿ると信じられています。

舞の最中、父親が肩車をしたまま稚児を左右に回転させる独特の動作が繰り返されます。幼い稚児が泣き出すこともありますが、それもまた神霊が降臨した証と考えられています。

神事が終わると、稚児の額には「大」の字が記されます。これは神霊が宿ったことを示す神聖な印です。

また、神が宿った稚児は神事の間、決して地面に降ろしてはならないとされており、移動中も父親が「ウマ役」として肩車を続けます。

大日越えを越える神聖な道

湯の峰での神事の後、一行は「大日越え」と呼ばれる古道を越えて大斎原へ向かいます。

大日越えは、湯の峰温泉と大斎原を結ぶ歴史ある峠道で、熊野古道の一部として世界遺産にも登録されています。平安時代にはすでに存在していたとされ、熊野詣の巡礼者たちもこの道を歩きました。

道中にある月見丘神社では再び八撥神事が行われ、山中に神秘的な笛や太鼓の音が響き渡ります。深い森と石畳に包まれたこの道は、まさに熊野信仰の原風景ともいえる場所です。

4月14日 ― 船玉大祭

14日には、航海安全や大漁を祈願する「船玉大祭(ふなたまたいさい)」が行われます。

古くから熊野川流域では水運が重要であり、人々は川や海の安全を神に祈ってきました。この祭りには、水の神への感謝と自然への畏敬の念が込められています。

4月15日 ― 御田祭と渡御祭

例大祭の最大の見どころとなるのが、最終日に行われる「御田祭」です。

御田祭は、本殿での祭儀と、大斎原へ神輿が向かう「渡御祭(とぎょさい)」によって構成されています。

神霊を乗せた神輿の出発

朝、本殿では神輿に神霊を遷す神事が行われます。神輿には「挑花(ちょうばな)」と呼ばれる美しい菊の造花が飾られます。

挑花は、熊野牟須美神の生命力や豊穣を象徴する神聖な花であり、祭礼に欠かせない重要な存在です。

やがて、神職を先頭に、山伏、巫女、稚児、田植舞の子どもたち、神輿などが壮麗な行列を作り、大斎原へ向かいます。

大斎原で行われる神聖な舞

大斎原に到着すると、神輿は旧社地に設けられた御旅所へ安置されます。

その後、さまざまな舞が奉納されます。烏帽子と狩衣をまとった少年たちによる「大和舞」、白装束の少女たちによる「巫女舞」、そして豊作を祈願する「田植舞」が披露されます。

田植舞は、祭場を田んぼに見立てて行われる伝統的な神事で、子どもたちが早乙女や農夫の役を務めながら舞います。これは秋の実りを前もって祝う「予祝」の意味を持つ神事とされています。

挑花を奪い合う春の風物詩

祭りの終盤には、挑花に飾られた造花を参拝者たちが競って受け取る場面があります。

この花には無病息災や五穀豊穣のご利益があるとされ、かつては田んぼに挿すことで害虫除けになるとも信じられていました。

会場は大変な賑わいとなり、静寂に包まれていた神域が一転して熱気に包まれる瞬間でもあります。

修験者による採燈大護摩

祭りの最中には、熊野修験の山伏たちによる採燈大護摩も執り行われます。

護摩壇に火が焚かれ、立ち上る炎と読経の声が大斎原に響き渡る様子は圧巻です。熊野信仰における神仏習合の精神を感じられる貴重な光景でもあります。

熊野の信仰と温泉文化

熊野本宮大社の例大祭では、湯の峰温泉が重要な役割を担っています。

熊野では古来より「湯」が神聖視され、温泉による浄化が信仰の一部となっていました。湯の峰温泉は日本最古の湯治場ともいわれ、熊野詣の巡礼者たちもここで身を清めてから本宮へ参拝したのです。

熊野信仰において、温泉は単なる療養の場ではなく、「再生」や「蘇り」を象徴する神聖な場所でした。

熊野本宮大社を訪れる魅力

熊野本宮大社には、例大祭以外にも多くの見どころがあります。

158段の石段を上った先に広がる荘厳な社殿、静寂に包まれた杉木立、八咫烏をモチーフにした授与品など、熊野ならではの神秘的な空気を体感できます。

また、近隣には湯の峰温泉、川湯温泉、渡瀬温泉などの名湯が点在し、熊野古道歩きと合わせて楽しむことができます。

悠久の祈りを未来へ伝える祭り

熊野本宮大社例大祭は、単なる地域のお祭りではありません。

そこには、自然への畏敬、五穀豊穣への祈り、人々の再生への願い、そして千年以上続く熊野信仰の精神が息づいています。

神々が宿るとされる熊野の山々、温泉による浄化、神霊を迎える稚児たちの舞、そして大斎原で繰り広げられる壮大な神事。そのすべてが一体となり、訪れる人々の心を深く揺さぶります。

春の熊野を訪れるなら、ぜひこの例大祭の時期に足を運び、悠久の歴史と祈りが織りなす神秘の世界を体感してみてはいかがでしょうか。

Information

名称
熊野本宮大社 例大祭
(くまの ほんぐう たいしゃ れいたいさい)

那智勝浦・新宮・本宮

和歌山県