和歌山県田辺市本宮町湯峰にある東光寺は、世界遺産「熊野古道」の文化圏に位置する歴史ある天台宗の寺院です。山号を「薬王山」といい、古くから「熊野七薬師」のひとつとして人々の信仰を集めてきました。湯の峰温泉の中心に静かに佇むこの寺は、単なる寺院ではなく、熊野信仰、湯治文化、そして人々の病苦救済の歴史を今に伝える特別な場所として知られています。
東光寺の最大の特徴は、本尊である「湯峯薬師」にあります。この薬師如来は、人の手で造られた仏像ではなく、温泉成分である湯の花が長い年月をかけて自然に積み重なり、薬師如来の姿となったと伝えられています。高さ約三メートル、胴回り約六メートルにも及ぶ巨大な霊像は、自然と信仰が融合した神秘的な存在であり、多くの参拝者を魅了しています。
湯の峰温泉は、日本最古の温泉のひとつとして知られています。その発見は成務天皇の時代にまでさかのぼると伝えられ、古代から人々の病を癒やす霊泉として崇敬されてきました。現在の東光寺が建つ場所こそ、最初に温泉が湧き出した「湯元」であったとされています。
伝承によれば、仁徳天皇の時代、インドから渡来した裸形上人が熊野で修行をしていた際、温泉の湧出口に薬師如来の姿を見出しました。さらに、その胸の部分に開いた穴から霊泉が湧き出していたことから、人々はこの薬師如来を「湯胸薬師」と呼ぶようになります。「湯胸」という呼び名が時代とともに変化し、現在の「湯の峰」という地名になったとも伝えられています。
古来より東光寺の薬師如来は、難病平癒に霊験あらたかな仏として広く信仰されてきました。特に頭痛封じの薬師として有名で、現在でも全国から健康祈願の参拝者が訪れています。
東光寺を語る上で欠かせないのが、「小栗判官伝説」です。中世の説経節として全国に広まったこの物語は、病に倒れた小栗判官が熊野の霊験によって蘇生するという伝説であり、熊野信仰の象徴的な物語として知られています。
伝説によると、小栗判官は関東で争いに敗れた後、毒を盛られて重い病に苦しみ、見る影もない姿となってしまいます。そのとき現れた老僧から「熊野三山に詣でれば救われる」と告げられ、照手姫に引かれる箱車に乗って熊野への旅に出ました。
その道中、小栗判官は紀州印南の東光寺に立ち寄り、薬師如来に二十一日間の願掛けを行います。満願の日、夢に薬師如来が現れ、「熊野湯の峰で湯治せよ」と告げたとされます。その後、小栗判官は湯の峰温泉で百日間の湯治を行い、ついに病が全快しました。
この物語は熊野古道とも深く結びついており、小栗判官が通った道は「小栗街道」と呼ばれるようになりました。東光寺には現在でも、小栗判官と照手姫の参詣図が伝えられており、多くの人々が伝説の舞台として訪れています。
平安時代から鎌倉時代にかけて、熊野三山への参詣「熊野詣」は、上皇や貴族たちの間で大変盛んになりました。東光寺と湯の峰温泉は、その熊野詣における重要な浄化の場所として発展していきます。
参詣者たちは熊野本宮大社へ向かう前に、湯の峰温泉で身を清める「湯垢離(ゆごり)」を行いました。温泉に浸かることで身体だけでなく心も浄化し、清らかな状態で神域へ向かうという信仰です。当時は東光寺に宿泊し、一夜を過ごしてから熊野本宮へ向かうのが正式な順序とされていました。
現在でもその名残として、毎年4月13日に「湯登り神事」が行われています。この神事では、熊野本宮大社の例祭に先立ち、湯の峰温泉で身を清める古式ゆかしい儀式が受け継がれています。
東光寺には、長い歴史の中で守り伝えられてきた貴重な文化財が数多く残されています。
和歌山県指定有形文化財に指定されている「日光月光菩薩扉絵」は、室町時代末期の作と考えられている貴重な仏画です。特に注目されるのは、日輪の中に熊野信仰の象徴である「八咫烏」が描かれている点で、熊野との深い関係性を感じさせます。
東光寺の本尊である薬師如来坐像は、自然に形成された極めて珍しい仏像です。現在でも胸の部分には小さな穴が残っており、かつてはそこから温泉が湧き出していたと伝えられています。
境内入口には、樹齢七百年以上ともいわれる巨大なナギの木があります。根回り約四メートル、高さ約二十メートルにも及ぶ県指定文化財で、熊野速玉大社のナギに次ぐ古木とされています。
「ナギ」は「凪」に通じることから、古くから海上安全や人生の平穏を願う象徴とされてきました。現在でも参拝者はナギの葉をお守り袋に入れ、無事平穏を祈願しています。
町指定文化財の宝篋印塔は、鎌倉時代の様式を色濃く残す貴重な石塔です。かつて熊野古道沿いに建立されていたものが東光寺へ移されたと考えられており、東光寺と熊野古道の深い結びつきを物語っています。
東光寺は幾度もの災難を乗り越えて現在に至っています。1903年(明治36年)には湯の峰温泉一帯を襲った大火災によって寺堂が焼失しました。しかし、本尊の薬師如来は奇跡的に焼失を免れ、多くの仏像や宝物も避難に成功しました。
その後、信徒たちの寄進によって1931年(昭和6年)に本堂が再建され、現在の姿となっています。こうした歴史からも、地域の人々が東光寺をいかに大切に守り続けてきたかが伝わってきます。
東光寺では古くから、枇杷の葉を使った民間療法が行われていました。枇杷の葉を煮出した湯に浸かる「枇杷の葉湯」は、皮膚病や傷の治療、疲労回復に効果があると信じられ、多くの人々が訪れたといわれています。
医療が十分でなかった時代、寺院は人々を救う医療の場でもありました。東光寺には、薬師信仰とともに、庶民の生活を支えた民間医療の歴史も色濃く残されています。
東光寺の裏手には、「湯の峰王子」があります。これは熊野古道に点在する九十九王子のひとつであり、国の史跡「熊野参詣道」の一部にも指定されています。
中世後期になると、熊野本宮へ参る前に湯の峰温泉で湯垢離を行う習慣が定着し、湯の峰王子の信仰も深まっていきました。現在でも、温泉街から少し山へ登ると静かな森の中に王子社があり、熊野信仰の神秘的な空気を感じることができます。
東光寺は、単なる観光地ではありません。そこには、自然への畏敬、病を癒したいという人々の願い、そして熊野信仰の精神が今なお息づいています。
湯けむり漂う温泉街を歩き、古刹である東光寺に参拝すると、長い歴史の中で積み重ねられてきた祈りの重みを感じることができるでしょう。熊野古道を訪れる際には、ぜひ東光寺にも足を運び、湯の峰温泉の霊気とともに、心静かな時間を過ごしてみてください。